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 Weekly Magnets vol.006

私たちマグネッツが扱っている古着を皆様にもっと興味を持っていただき、古着のすばらしさを
お伝えできればと思い、その歴史やディティールのことについて紹介していきたいと思います。

Polo Ralph Lauren
本国アメリカにとどまらず、世界のカジュアルファッションシーンを語る上で
欠くことのできないブランド、「Polo Ralph Lauren」
個人的な話になりますが、僕自身、洋服を意識して初めて着たのは
(おかんが買ってきたものではなく)ラルフのポロシャツだったように思います。
それから様々なチェックや生地のボタンダウンのシャツを買いあさるようになり、
チノパン、Tシャツ、コットンセーター、スウィングトップと僕のクローゼットは
ラルフのアイテムがどんどん割合を占めるようになりました。
事実、10年前に、しかも古着で買ったシャツなども現役で着ていたりします...

世界中で、そしてここ日本でも僕然り、会社役員のような年配の方から
女子高生まで老若男女に愛され続けられているブランド、ラルフ・ローレン。
今回はそんな人気者ブランド、「Polo Ralrh Lauren」の歴史を追ってみたいと思います。

Polo Ralph Lauren の歴史
1967  創始者ラルフ・ローレンは、当時のネクタイの主流であった幅が狭く伝統的なスタイルとは違い、従来では
 あり得なかった鮮やかな色彩で贅沢な素材を使用した幅の広い(4インチ)ネクタイを考案し、ニューヨーク
 大学在籍中にブルックスブラザーズに売り込み、販売されることとなる。
 26箱からスタートしたラルフ・ローレンのネクタイはまたたく間に男性のステータスを象徴するアイテムとなる。
 その飛躍的なネクタイの成功により、ブルックスブラザーズを離れ「Polo Ralph Lauren」を設立。

 当時の男性は(現在でもそうですが)、身に付けるネクタイを通して自己を表現していました。同時に彼らは
 それまでとは違う新しいスタイルを求めていました。個性の無いサラリーマンルックに甘んじることなど
 出来なかったのです。美しいネクタイは身に付ける人の上質へのこだわり、センス、そして主張を映し出す
 鏡なのです。

 ネクタイを通して、豊かなライフスタイルを提案することを目指したラルフ・ローレンは、上品なエレガンスと
 伝統的なスタイルの象徴とも言えるスポーツ、「ポロ」を自身のブランドネームに取り入れ誕生したのが
 「Polo Ralph Lauren」です。

 ラルフ・ローレンはこう言います。「
理論と同様にセンス、つまり感覚が大切であると私は考えています。
 ネクタイの着こなし一つで、内面である思想を外見としてのファッションで表現できるということをお客様に
 示していきたいと思っています。」
 そして続けます。「ファッションに関する専門的な教育を受けたことはありません。私は自分のスタイルを
 持った1人の若者に過ぎませんでした。「Polo」が現在のような姿にまで成長するとは想像もしなかった
 ことです。ただひたすら自分の直感を信じて仕事をしてきました。」
1968  初のメンズウェアコレクションを発表する。
1969  ニューヨークの高級デパート「ブルーミングデール」のテナントショップとして「Polo」ブランド初のブティックを
 出店する。
1970  メンズウェア部門で「コティ賞(Coty Award)」を初受賞する。(コティ賞は後に米国ファッションデザイナー
 協議会(CDFA賞)に名称を変更)

私は流行の信奉者ではありません。むしろ流行というものを疑問視していると言えます。
あまりに移ろいやすい流行の一端を担う立場にはなりたくないからです。
私自身影響を受けたことは一度もありません。
私が追求したいのは永続性であり、時代を超えたスタイルです。流行ではありません。
1971  レディースウェアを発表。メンズのテーラードシャツを女性向けにデザインする。
 ポロプレイヤーのロゴが誕生する(当初はレディースのテーラードシャツのカフスに刺繍される)
 ビバリーヒルズに初の路面店をOPENさせる。

 「私の妻は大変お洒落で、ボーイズのシャツやスポーツジャケットをよく着ていました。すると周りの人々は
 「その洋服はどこで買ったの?」と尋ねてきたものです。妻を見ているときりっとして流行に左右されない、
 若かりし頃のキャサリン・ヘップバーンを思い出します。風に髪をなびかせながら馬の背に跨って掛ける少し
 反抗的な少女、思わず目が吸い寄せられるようでした。私は妻のためにシャツをデザインしたのです。」
1972  ポロプレイヤーのロゴがついたオリジナルメッシュシャツが24色のバリエーションで展開。
1974  パラマウント映画が、映画「華麗なるギャツビー」の男性衣装のデザインをラルフローレンに依頼。
 アーネスト・ヘミングウェイやF・スコット・フィッツジェラルドに象徴される20年代調のスーツやセーターを
 デザインする。主演のギャツビーが着たピンクのスーツが話題になり、人気を呼ぶ。

 「私がデザインする洋服は、私の信念が常に形となって現れています。誰かが私のことを「作家」だと言った
 ことがありますが、当たっているかもしれません。私は「洋服」という手段を用いて伝えようとしているのです。
 私が作るものは単に「洋服」ではなく、「物語」と言えるかもしれません。」
1975  アメリカファッション賞(American Fashion Award)を受賞。
1976  メンズウェア部門が殿堂入り(Coty Hall of Fame)を果たす。レディースウェア部門が2度目のコティ賞受賞。
 同じデザイナーがメンズ部門とレディース部門両方で受賞するのは初の快挙。
1977  レディースウェア部門も殿堂入り。この年発表されたウッディ・アレン監督・主演作品の映画「アニーホール」
 で、ラルフ・ローレンの衣装を身にまとったウッディ・アレンとダイアン・キートンのファッションが話題に。
 特にダイアン・キートンのマニッシュでいてフェミニン、クラシックかつトレンディで斬新なファッションは
 「アニーホール・ルック」として世界中の女性に一大ブームを巻き起こす。
1978  メンズ、レディースでウエスタンウェアラインを展開。ウエスタンブームを巻き起こしたラルフ・ローレンは、
 現代のアメリカに古き良きアメリカを再現したマーベリック(独自のスタイルを持つ芸術家)と称される。
 ラルフ・ローレンのディフージョン・メンズライン「CHAPS Ralph Lauren」を発表。
 ラルフ・ローレン初のフレグランス「Polo for Men」、「Lauren for Women」を発表する。
1979  初の20ページ広告をうつ。プロサーファーであるパジー・カーボックスや建築家トム・ムーアなどプロの
 モデルではない人物をモデルに採用する。
1980  ナバホインディアンなどに見られる服飾のデザインやカラーを取り入れた、「Santa Fe」コレクションを発表。
1983  デザイナーとして初めて、インテリア全体をプロデュースする「ホームコレクション」を発表する。
1985  テルライド映画祭と共同で「Abel Ganse Open Air Cinema」を後援。現在も継続されている。
1986  マディソン・アベニューと72ndストリートの角にある、「ラインランダー・マンション」を改装しフラッグショップを
 オープンする。

 「私にとっては、世界で最も美しいショップです。デティールも、空間が作り出す世界も、雰囲気や外観も。
 全てが心に訴えてきます。多くの人々が足を踏み入れ、そして魅了されるのをこの目で見てきました。」
1989  ゴルフウェアライン「Polo by Ralph Lauren Functional Golfwear」を発表。
1991  年1回、ワシントン・ポスト紙、VOGUE誌の協賛による「Super Sale」を初めて開催する。売り上げの350万ドル
 は乳がん研究センターに寄付される。
1992  米国ファッションデザイナー協議会より功労賞(CDFA Lifetime Achievement Award)を受賞する。
 米国ファッションデザイナー協議会最高の栄誉である4つの賞、「功労賞」、「ウィメンズ・デザイナー・オブ・
 ザ・イヤー賞」、「メンズ・デザイナー・オブ・ザ・イヤー賞」、「リテーラー・オブ・ザ・イヤー賞」全てを受賞した
 デザイナーはラルフ・ローレンだけ。
1993  「Polo Sport」ラインを発表。初のショップをラインランダー店の向かい、マディソン・アベニュー888番にOPEN。
 ラルフ・ローレン夫妻が互いの名前の頭文字「Ralph」、「Ricky」をとり、ヴィンテージマニアである彼らの集大
 成として「RRL」をスタートさせる(98年にクローズ、その後2005年にニューヨークにオンリーショップが復活)
1994  米国ファッションデザイナー協議会と共同で「FTBC(Fashion Targets Breast Cancer)」を主催。
 乳がんに対する意識啓蒙を目的とし、アルゼンチン、オーストラリア、イギリス、アイスランドで活動する。
1995  6月12日、ニューヨーク証券市場に上場する。
1998  「Polo Sport」はテクニカルな機能を追及したスポーツウェアライン、「RLX」ラインを発表する。
1999  10代後半から20代前半の若い女性をターゲットにした「RALPH」ラインを発表。
 RLレストランを世界最大の規模であるシカゴのフラグシップ・ストアに隣接してOPEN。
2000  Webサイト「Polo.com」を立ち上げる。
2001  「Polo Ralph Lauren Foundation」は9月11日の同時多発テロの後、「American Heros Fund」を設立し、
 救済活動を積極的に行う。また10月の全店の売り上げの10%を各支援団体に寄付する。
 「Polo.com. Magazine」をWebサイトにてスタート。続いてレディースファッションのオンラインマガジン、
 「Runway.Polo.com」をスタートさせる。
2002  創業35周年を迎える。
 「RRL」のフラグシップ・ストアをニューヨーク、マルベリー通りにOPEN。
 ラルフ・ローレンの伝統を継承しつつより現代的でセクシーなレディースライン「Blue Label」コレクション発表。
 ミラノで初のメンズライン「Purple Label」コレクションを発表。「心からのスタンディング・オベーションを受けた
 唯一のコレクション」と絶賛される。
2003  7月、売り場面積350平方メートルを誇るホーム用品のショップをロンドン、ニューボンド・ストリートにOPEN。
 アメリカ国内初のチャイルドショップをニューヨーク、マジソン街にOPENする。
 「Polo.com」にてメンズ、レディースともにポロシャツのカラーとロゴのカラーを選べるポロシャツ特注サービス
 「Create Your Own Polo Shirts」を始動。
2004  9月、ミラノのモンテ・ナポレオーネ通り4番地(4 via Montenapoleone)にヨーロッパ12号店となるフラグシップ
 ストアをOPENする。
 10月にメンズとレディースのヤング(16歳〜25歳)を対象としたトータル・ライフスタイル・コレクション「RUGBY」
 を発表し、アメリカはボストンのニューベリー通りに「RUGBY」1号店をOPEN。
2006  3月30日、東京表参道ヒルズ隣に売り場面積2500平方メートルのフラグシップ・ストアをOPENする。
 現在の総店舗数は278店舗に及び、日本での年間総売り上げは「イヴ・サンローラン」「バーバリー」の1500
 億円についで1000億円規模と言われている。

来年で40周年。ていうか40年足らずでここまでになったラルフ・ローレンって偉大ですよね。
マグネッツではシャツ、ポロシャツ、などトップスアイテムを中心に展開中です。

   
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